うつ病とTMS治療
うつ病治療において、TMS治療の有効性は確立されています。
2019年6月には日本でも保険適応が認められましたが、現状では治療方法や基準の制約が厳しく、入院での治療が現実的となっています。
最近では治療プロトコールが改良され、短時間での治療も可能となりました。
それによって社会生活をおくりながら、TMS治療が行えるようになってきています。
薬物療法とならび、TMS治療はうつ病の有効な治療選択肢となってきています。
うつ病とは?
うつ病は、つらく沈んだ気分になり、様々なことに対する興味が持てなくなる病気です。
こうした状態は誰にでも多少はありますが、うつ病の場合はほぼ1日中、2週間以上その状態が続くことが診断の基準となっています。
ですからうつ病とは、「病的なエネルギーの低下」といえます。
うつ病になると、精神的に苦しくなってしまうことはもちろん、食欲が減退したり睡眠障害が起こったりと、身体に対する症状も現れます。さらに症状が重くなると、どこかに消えてしまいたい願望に駆られる、自死を考えるなどの希死念慮を抱くこともあります。
うつと脳の機能の乱れ
「うつ」は誰にでも起こる可能性がある病気で、有病率(罹ったことのある人の割合)は5.7%であるというデータもあり、15~20人に1人程度の割合で発病する可能性があるといわれています。
うつ病になる原因ははっきりとしていない部分が多いのですが、ストレスが重なる中で脳の機能的な乱れが生じてしまっていると考えられています。その結果、従来と同じような脳の働きができなくなってしまうのです。
うつ病について詳しくは、うつ病のページ(こころみ医学)をご覧ください。
うつ病治療でのTMSのメリット
うつ病治療におけるTMS治療のメリットとしては、以下があげられます。
副作用の少なさ
一般的な抗うつ剤による治療などと比べて、TMS治療では副作用が少なくて済みます。
ごく稀にけいれんなどの症状が出る方もいますが、多くは治療中に軽微な頭皮痛や歯痛などがある程度です。
治療期間の短さ
副作用が少ないだけでなく、治療にかかる期間も比較的短いのもTMS治療の特徴です。
当院が採用しているシータバースト(iTBS:Theta Burst Stimulation)という短時間の刺激方法であれば、1回あたりの治療は5~10分(刺激時間は3~6分)になります。
原則としては週3回以上の刺激(刺激方法を工夫して週2回から可能)を目安にして、30回ほどの刺激を加えて効果をみていきます。
このため、2か月程度の通院治療で回復を目指すことができます。
再発率の低さ
TMS治療を受けた方の寛解率(ほぼ元の状態に回復する率)は、約4割程度といわれています。
しかしながらこれは難治性うつ病でのデータですので、臨床実感としてはもっと多くの方が改善していきます。寛解とまでいかなくても、改善の反応をみせることはもっと多いです。
TMS治療のメリットがあるケース
薬物療法での効果が乏しかった場合は別の抗うつ剤に変えても効果が薄いケースが多く、TMS治療は救いの一手ともなり得る治療選択肢です。
また副作用でお薬の治療が困難な場合にも、有効な治療手段といえます。
薬物療法に劣る点としては、再発予防の方法が確立できていないことがあげられます。
ですがうつ症状の方には広く効果が期待でき、当院としてもTMSによる再発予防の方法をこれまでの臨床経験に基づいて、患者様ごとに計画を立てさせていただきます。
どれくらい効果が期待できる?
それではTMS治療は、うつ病の治療でどれくらいの効果が期待できるのでしょうか。
本来の調子を取り戻すことを寛解といいますが、そこまで目指すのならば30~50%といわれています。
それに対して50%以上の改善(スコアによっては30%)をみせることを反応率といいますが、これであれば50~70%であると報告されています。
最新の治療プロトコールではさらに良好な治療成績も報告されていて、SAINTプロトコールと呼ばれる超短期集中プロトコール(3倍量1日10回×5日)では、寛解率90%という衝撃の結果が報告されています。
【治療抵抗性うつ病に対するSAINT】
これを踏まえて行われた治療抵抗性うつ病に対するSAINTの二重盲検ランダム化比較試験では、29名(実刺激14:シャム刺激15)のうち、MADRSスコア平均減少率は、実刺激群で 52.5%、シャム治療群で11.1%となりました。
【SAINT:二重盲検ランダム化比較試験】
実際の治療現場ではどれくらいの効果が期待できる?
論文などで出てくるデータは、厳格な治験によって行われるものになります。
TMS治療では、実際の刺激と偽刺激かをわからないようにして比較し、診察というよりは評価になりますので、あえて機械的に行っていきます。
実際の治療の場とは異なり、その治療成績は低く出てしまいます。
臨床でのうつ病TMS治療を推測できる研究を、一つご紹介させていただきます。
お薬の治療とどちらが効果がある?
一概には比較できませんが、STAR*D試験と呼ばれる有名な試験があります。
こちらは治療方法のステップを重ねるごとに、寛解率の変化を追っていったものになります。
【NIMHのSTAR*Dページ】
お薬や心理治療を2ステップ行うことで寛解率が40%台後半となり、4ステップ通して寛解率が67%程度となります。
このようにみると、TMS治療は薬物療法を2回試行錯誤するのと同等の効果が、短期間で副作用少なく期待できるといえます。
また再発率は薬物療法と比べて低いといわれていますが、こちらの結果でも相違がありません。
お薬を2剤以上試しても効果が期待できにくい場合、さらにお薬の治療を行っても、その効果は期待しにくくなっていきます。
そのような治療抵抗性うつ病の場合は、TMS治療が有効な治療選択肢となります。
治療抵抗性うつ病とTMS治療
また当院の治療データからは、抗うつ剤の有無でのTMS治療効果は変わりがなかったという結果となりました。
このことは、第一選択肢としてTMS治療を行っても十分な治療効果が期待できる可能性が示唆されています。
抗うつ薬の有無によるうつ病に対するシータバースト刺激療法の有効性の違い(当院論文)
効果が持続しやすいうつ病とは?
続けて、TMS治療の効果が持続しやすいうつ病の特徴についてみていきましょう。
治療効果が持続しやすい特徴は、以下のように報告されています。
- 精神病性でないこと
- 治療抵抗性がないこと
- 重症度が低いこと(関係ないとする報告もあり)
- 維持療法を継続していること(抗うつ剤含む)
- 女性であること
rTMSの抗うつ反応の耐久性:システマティックレビューとメタアナリシス
うつ病に対する効果のメカニズム
神経の結びつきを整える
近年の研究では、神経可塑性による治療効果が重要と考えられてきています。
神経同士の結びつきが柔軟に変化することで、うつ病を改善していくための神経の結びつきが作られていくと考えられています。
認知と情動のバランス
わかり易さを重視してよく説明されるメカニズムとして、画像研究に基づくものがあります。
うつ病では背外側前頭前野の活動低下と扁桃体を含む側頭葉内側部の過活動が認められています。前者は認知に、後者は情動に関係する部分になります。
うつ病の患者さんでは、ストレスによってこれらのバランスが崩れてしまっていると考えられています。
脳は右と左でバランスをとる
また脳は左右で、興奮と抑制のバランスをとっていることがわかっています。
これは昔から知られていた現象で、半球間抑制と呼ばれていました。
うつ病の患者さんでは左半球の前頭前野が抑制されてしまい、相対的に右半球の前頭前野が興奮していることがわかっています。
頻度によってシナプスへの影響がかわる
神経シナプスは、電気刺激の頻度によって働きが変化します。
一般的に高頻度の刺激を行うと活性化し、低頻度の刺激を行うと抑制されます。
このため左側への高頻度刺激は、低活動となっていた背外側前頭前野の活性化を促して認知の働きを整えます。
右側への低頻度刺激は、相対的に高まっている右側の活動が抑えられることで左側の働きが強まり、また情動に関係した領域の働きを抑えます。
このようにしてrTMS治療は、脳のバランスの異常が改善されることでうつ病を改善すると考えられています。
治療を繰り返すとシナプス変化が持続する
1回のrTMS治療では、その効果は一時的になってしまいます。
しかしながらrTMS治療のセッションを繰り返していくうちに、効果が持続的になっていきます。
このためTMS治療は間隔を空けすぎずに治療していくことが重要で、rTMS治療を30回ほどしっかりと行うことで、再発予防も期待できるまで効果が持続するといわれています。
うつ病に対するrTMS治療方法と費用
rTMSは、うつ病に対する治療効果が期待できます。
rTMSによる治療では、大きく2つの方法が取られます。
- 左背外側前頭前野への高頻度刺激
- 右背外側前頭前野への低頻度刺激
現在は、左側の背外側前頭前野に高頻度の磁気刺激を与える方法が主流です。
大うつ病エピソードの急性期治療のためのrTMS
不安やイライラが強い方は、右低頻度刺激の方が効果が期待できる場合があります。
高頻度刺激は、ExpressTMSまたは3分TMSともよばれるi-TBSという刺激方法により、極めて短時間で行うことができます。
低頻度刺激では、従来の規則正しい刺激パターンを最低15分、できれば30分かけて刺激していきます。
両側刺激のエビデンスも
様々なうつ病でのプロトコールを網羅的に比較した研究では、両側rTMSの治療効果の高さが報告されています。
【大うつ病エピソードの急性期治療のための反復経頭蓋磁気刺激:ネットワークメタアナリシスを用いたシステマティックレビュー】
両側刺激では左高頻度rTMSに続けて右低頻度rTMSを行っていきますが、時間=費用がかかってしまうことがネックでした。
rTMSをシータバースト刺激として、左iTBSに続けて右cTBSを行っても効果は非劣勢であるという高齢者を対象にした報告>もなされています。
【高齢者のうつ病に対する標準的な連続した両側rTMSと両側TBSの有効性:FOUR-Dランダム化非劣性臨床試験】
当院でのTMS治療費と症例
治療費も含めて考えますと、まずは左高頻度刺激を検討していくことが多く、治療経過を見ながら刺激方法を相談していきます。
当院の治療費については、機械の使用時間をもとに設定しております。
- 左高頻度刺激:10分枠 5,280円(税込)※継続3,850円~4,950円
- 右低頻度刺激:20分枠 13,200円(税込)※継続9,900円~12,100円
- 右低頻度刺激:30分枠 15,840円(税込)※継続12,320円~14,520円
治療費について詳しくは、TMS治療費のページをご覧ください。
当院でのTMS症例(うつ病)
当院でのTMS治療成績(うつ病)
TMS治療をご検討の方へ
適切なTMS治療を行っていくためには、TMS治療の知見はもちろんのこと、前提となる心の治療経験が非常に大切です。
当院には多くの精神科医が在籍していますが、両方に精通した医師3名のみ(2025年1月現在)が担当させていただきます。
TMSは治療選択肢のひとつとして、患者さんの立場に立ってご相談させていただきます。
TMS治療にご興味お持ちの方は、東京横浜TMSクリニックにご相談ください。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了