スポーツ選手を悩ますイップスの症状とは?薬に頼らない治療法についても解説

イップスとTMS治療について、精神科医が詳しく解説していきます。

勝負が決まる場面で思うようなプレーができず、悔しい思いをしたアスリートの方もおられるのではないでしょうか。
競技中に手がふるえたり、動かなくなってしまったりして、いつも通りのプレーができなくなってしまうことがあります。
このような現象は、「イップス」と呼ばれていますが、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

イップスは、無意識的に生じるものなので、自力でのコントロールが難しく、多くの選手を悩ませます。しかし、治療を行う場合、服薬するとドーピングにあたる可能性があるため、どのように治せばいいのか困ってしまうこともあるでしょう。

本記事では、イップスの症状や原因、なりやすい人の性格について解説します。
薬に頼らない治療法についても紹介していますので、イップスにお悩みの選手の方は、ぜひ参考にしてください。

イップスとは?

イップスとは、心理的な原因により生じる運動障害を指します。
主にスポーツにおいてみられる現象で、無意識的な動作障害が生じ、思うようなプレーができなくなってしまうものです。

イップスは医学的な病名ではありません。

同じ動作を繰り返すことで生じる「職業性ジストニア」や「局所性ジストニア」と類似した症状
であると考えられています。

もともとは、ゴルフでのプレーの際に思うようなショットが打てなくなる現象をイップスと呼んでいました。現在はゴルフだけなく、下記のようなスポーツでみられ、選手を苦しめる現象です。

  • 野球
  • サッカー
  • テニス
  • 卓球
  • アーチェリー
  • ダーツ
  • 長距離走

イップスを経験したことがある人の割合は、競技によって異なりますが、以下のように50%前後とされています。[1]
スポーツ選手にとっては、選手としての人生を考える上で、イップスが重要な問題となるものといえるでしょう。

  • 野球(大学野球):47.1%
  • ゴルフ     :22.4~54.0%
  • アーチェリー  :43.5%

【1】柄木田健太・田中美吏・稲田愛子(2022)「スポーツにおけるイップスのアセスメント・症状・対処」スポーツ心理学研究 第49巻 第1号 p5-19

イップスの代表的な2つの症状と原因

イップスは、身体面と心理面に症状が生じることが特徴です。
身体面にみられる症状としては、ふるえや麻痺、けいれんなどの運動障害を中心とした症状がみられ、スランプの原因になります。
心理面にみられる症状としては、競技に対する不安が強くなり、ネガティブな考えが頭から離れにくく、プレーに影響を及ぼします。

身体面:ジストニア症状

ジストニアとは、筋肉が硬縮して思うように動かなくなる運動障害を指します。
明確な原因は分かっていませんが、脳から出される運動に関する指令が、何らかの原因によりうまく伝達しなくなることが主な原因です。

イップスは、ジストニアの中でも職業性ジストニアに分類されることが多い症状です。
職業性ジストニアとは、特定の環境下で同じ動作を繰り返すことで生じるジストニアを指します。[2]

イップスにおいては、けいれんやふるえ、麻痺、ひきつけ、硬直、ねじれなどの運動障害が生じることが特徴です。
プレースタイルやフォームを変えてみると一時的に改善がみられることもありますが、やがて悪化しスランプに陥ってしまいます。
また、症状は何らかのきっかけで急に悪くなったり、軽快したりすることがありますが、原因がはっきりしないこともあります。

イップスにみられるジストニアの症状は、無意識的に起こるものです。そのため、症状をコントロールできないことで選手は思い悩み、プレー時にさらに緊張して筋肉が硬縮するといった悪循環が生じます。

[2]日本神経学会「ジストニア診療ガイドライン2018」

心理面:競技不安・自動化されたことへのイメージ

競技不安とは、競技における不安や緊張といった心理面や身体面の反応、その感じやすさのことを指します。
イップスの選手は自分のパフォーマンスに対して強い不安感を示すことが多いとされています。

不安感から、プレー動作に対して過度に注意を向けやすいため、イップス症状にとらわれやすく、慢性化しやすいでしょう。

また、「結果を出さないといけない」というプレッシャーから、失敗を何度も思い返したり、強く反応したりしてしまうこともあります。

競技レベルが上がって熟練するほど、運動が自動化されていきます。
意識せずに最適な動作ができるようになり、脳の前頭前野に余裕が生まれ、ほかのことに目を向ける余裕が生まれることがイップスのきっかけになります。

さらに映像を通して自分の動きをイメージしてしまうことで、余計に悪循環となります。
「ムカデに歩き方を聞いたら歩けなくなる…」といった具合に、自動化されて変えられないものを意識して無理に変えようとすることでエラーとなり、それを学習してしまって負のループが強まっていきます。

イップスの種目別症状例

競技において、イップスはどのような形で生じるのでしょうか。
イップスに悩む選手が多い野球、ゴルフ、テニス、サッカーの4つの種目で生じるイップス症状の例を紹介します。

【野球】

  • ピッチング時、ストライクゾーンに入らなくなってしまう
  • デッドボールを与えて怪我させてしまい、インコースを攻めるのが怖くなる
  • 守備時に、ボールを正確に送球したりキャッチしたりできなくなる

【ゴルフ】

  • パターをスイングするときに、ボールの方向をコントロールできない
  • ショートパッド時に打つ手が震えてしまう
  • ショットを打つまでに時間をかかる

【テニス】

  • サーブ時に正確な方向や角度をコントロールできず、アウトになることが増える
  • 高いボールをスマッシュするときに、タイミングを合わせられない
  • 特定の場所にサーブを打とうとしても、うまく打てない

【サッカー】

  • 思ったところにボールを蹴れず、シュートの方向が安定しない
  • 正確にパスを出すのが難しくなる
  • 足が前に出なくなってしまう

イップスになりやすい人とは?

イップスを経験した選手には、完璧主義な傾向がある人が多いとされています。
とくに、「自分を完璧な人間に見せたい」「不完全な自分を見られたくない」といった欲求が強い特徴があります[3]

「人からどうみられるか」を気にしてしまい、周囲から期待されている選手像になろうとして、失敗を認められません。
そのため、身体がうまく動かない状態でも、「いつも通りプレーできないとダメだ」と過度に自分に厳しくなってしまうのです。

身体が動かなくなるのは、筋肉を動かなくすることで緊張した状態を和らげ、精神を安定させるといった役割を持つことがあります。「緊張が強くなりすぎている」という心からのSOSでもあるのです。

完璧主義だと、
心からのSOSを受け取れずに、過度に無理をしてしまい、症状が長引くということが起きやすい
でしょう。

【3】『イップスと窒息感受性の性格予測因子』

イップスの治療法

選手を深く悩ませるイップスの症状ですが、どのような治療法があるのでしょうか。

トレーナの世界では、運動療法(まとめ化された運動の再構成等)などが方法論としてありますが、ここでは薬物療法と心理療法をご紹介させていただきます。

治療法①:薬物療法

イップスの症状に類似している職業性ジストニアの治療においては、動作の中止や安静が推奨されます。しかし、それだけで完治するケースは少ないといえるでしょう。

薬物治療としては、ボツリヌス治療が主流とされています。ボツリヌス治療とは、ボツリヌス菌が生成する「ボツリヌストキシン」とよばれる物質を筋肉に注射するものです。
筋肉が過度に緊張して、無意識的に身体が動いてしまうときに、筋肉の緊張を緩め、動きやすくする効果があります。

しかし、費用が比較的高額になることや、定期的な注射が必要であることがデメリットです。

内服薬としては、不安や緊張を緩和する抗不安薬、βブロッカー、病態によってはSNRIなどの抗うつ剤が用いられます。しかし、競技においてはドーピングに当たる可能性があり使いにくいでしょう。
薬物治療を受ける場合は、服用する薬がドーピングに当たらないか、確認することが大切です。
下記のサイトでは、ドーピングに該当するかを判断できますので、調べてみるとよいでしょう。

【Global DRO】

治療法②:心理療法

心理面を扱う心理療法については、イメージを活用した方法が効果的だとされています。
解決志向アプローチを援用したSFGIという技法を用いると、ゴルフプレイヤーのイップス回数が減少したことが研究で示されています。[4]
解決志向アプローチとは、どうなれば悩みが解決したといえるのかをイメージし、解決に向けて取り組む方法です。
イップスの症状改善を目指すのではなく、「イップスがどうなれば解決といえるか」を探っていくことが有効なのだといえるでしょう。

また、身体的な不安や緊張が強い場合、自律訓練法を用いて緊張状態をコントロールするトレーニングを行うことも有効です。
不安が強い人の場合、緊張したときの正常な反応も過剰に捉え、より不安が増すことがあります。
そのため、セルフコントロールの感覚を身に付け、不安に伴う身体の反応とうまく付き合う力を養う事が大切です

【4】『イップスを体験するゴルファーのためのソリューションに焦点を当てたガイド付きイメージ:ケーススタディ』

治療法③:TMS治療

脳の特定の領域に対して刺激を与え、精神症状の改善を図る治療法です。磁気エネルギーを用いて脳内に電流を起こすことで、刺激を与えます。
繰り返し刺激を受けることで、神経や血流が正常になり、症状が改善すると考えられています。

TMS治療は、うつ病治療に有効とされています。
しかし、ジストニアや不安障害に対しても有効な可能性があり、イップスの治療法の1つとして活用できる可能性があります。

短期集中治療ができるTMS治療

イップスの症状には、ジストニアや不安が関連しており、症状改善のために薬物療法や心理療法が用いられます。
しかし、薬物療法はドーピングにあたる可能性があり、心理療法は心の葛藤を扱うため治療が長期に及ぶことがあります。

TMS治療は、ドーピングの心配がなく、最短2週間の短期集中治療が可能です。
脳卒中後の運動麻痺に対する治療効果が認められており、イップスでみられるジストニアにも効果が見込まれます。
また、脳内の活動を正常化させることで、不安症状の緩和が期待できます。
そのため、イップス症状の改善に役立つ可能性があるといえるでしょう。

一方で、TMS治療は自費診療が中心であり、さらに最低週2回の通院が必要となります。
費用や時間的な負担が大きく、そもそもが病態によってもTMS治療の効果が期待できるかは異なりますので、治療を行うかどうかは慎重に判断することが大切です。

関連記事:「不安障害とTMS治療」

関連記事:「脳卒中による運動麻痺とTMS治療」

まとめ

イップスは、競技中に生じるふるえや麻痺などの身体症状、競技に対する不安を指します。
選手を大きく苦しめるものであり、その後の選手人生を考えなければならない事態に陥る危険性もあります。

イップスを経験したことがある選手は少なくありません。多くのアスリートに共通した悩みであるため、抱え込まずトレーナーさんなど、周囲に相談してみましょう。
相談しても改善せずイップスに悩まされるときには、
精神科や心療内科を受診し、専門医の力を頼ることも1つの方法です。ぜひお気軽にご相談ください。

【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。

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執筆者紹介

大澤 亮太

医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師

日本精神神経学会

精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了

カテゴリー:こころみ医学  投稿日:2023年10月17日

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