脳が機能低下する「脳疲労」とは?うつ病との関係についても解説
脳疲労(のうひろう)の言葉を用いて、脳の機能低下について解説するネット記事やテレビの報道を、近年見聞きするようになりました。
“脳”に”疲労”が添えられている時点で、なんとなく脳の不調を表しているのだと感じる人も多いでしょう。
「脳疲労」という言葉はイメージしやすいものの、病名や状態としては医学的には一般的ではありません。
では、脳の不調とは、そもそもどんな状態なのでしょうか?
この記事では、脳が疲れる仕組みを詳しく説明しながら、うつ病が引き起こす脳機能の低下についても解説します。
目次
「脳疲労」は医学用語ではない
冒頭でもお伝えしたのですが、脳疲労(のうひろう)という正式な病名はありません。
受診の際に「脳疲労」の診断名がなされることは一般的でなく、そのように診断された場合は、セカンドオピニオンを受けたほうが良いかもしれません。
ただ、脳疲労の言葉を用いることで、脳の不調をシンプルにイメージしやすくなるのは確かです。
そのため、「脳疲労」「ブレインフォグ」といった言葉が、近年メディアなどで使われることが増えてきました。
たしかにストレスが蓄積すると、脳の機能低下が引き起こされていきます。
脳疲労はうつ症状をイメージして使われることが多いですが、脳の機能低下による症状はうつ症状だけではありません。
うつ症状だとしても、その原因は人によって異なりますので、治療方針も異なってきます。
脳疲労を感じた場合は、精神科医にご相談ください。
そもそも、どうして脳は疲れるのか?
脳の不調を理解するために、まずは脳のネットワークについて知っておきましょう。
脳は、情報処理の仕方によって、どの部分が働くかが異なります。
この情報処理の仕方については、”脳のネットワーク理論“として近年研究が進んでいます。
3つの脳ネットワークをご紹介します。
- デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)
- セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)
- サリエンスネットワーク(SN)
デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)
脳の消費エネルギーの大部分は、このデフォルト・モード・ネットワークで使われます。
無意識の時でも身体機能を保てるように、私たちがぼんやりしているときでも活動を止めず、いわばアイドリング状態です。
ですから内向きに思考がさまよっている時の状態で、マインドワンダリングと呼ばれる「心ここにあらず」の時に働いています。
うつ病の方に多い反芻思考(「こうすればよかった」というぐるぐる思考)とも関係していると考えられています。
セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN)
なにかを意識的に行うときは、セントラル・エグゼクティブ・ネットワークが働きます。
「地図を見ながら歩く」「お年寄りに席を譲る」など、事柄がなんであれ、人が意図して思考しているときに活発化する部分です。
サリエンスネットワーク(SN)
サリエンスネットワークは、デフォルト・モード・ネットワークとセントラル・エグゼクティブ・ネットワークを切り替える役割ではないかと、近年研究が進んでいる部分です。
デフォルトモードネットワークと疲労
デフォルト・モード・ネットワークは、脳の消費エネルギーの大半を使用していることに加えて、エネルギー効率が悪いとも言われています。
つまり、デフォルト・モード・ネットワークでの働きが多くなり、エネルギー消費量が増えすぎることが、脳が疲れる理由のひとつとしてあげられるのです。
「ぐるぐる思考」に代表されるように、心の中であれやこれやと雑念をいただいてしまっている状態は脳の疲労につながり、それがうつ病にも関係しているといわれています。
【うつ病における安静時機能的MRIによる背側ネクサスを介したネットワーク間の接続性の増加】
エネルギー消費量が増える原因「マルチタスク」
では、どうしてデフォルト・モード・ネットワークのエネルギー消費量が増えてしまうのでしょうか?
その理由のひとつとしては、マルチタスクが考えられます。
複数のことを同時に処理するマルチタスクの際は、デフォルト・モード・ネットワークが働きます。
パソコンやスマートフォンの普及により、現代社会で生きる私たちは、自分の脳が処理できないほどの情報を日々浴び続けています。
なにかの作業をしていても、テレビやラジオから別の情報が飛び込んでくることは珍しくありません。
私たちが生きる現代は、ひとつのことに集中することが難しいマルチタスクの時代なのです。
マルチタスクをする際は、脳の消費エネルギーの多いデフォルト・モード・ネットワークが働いてしまうので、脳疲労につながっていきます。
脳の機能低下を引き起こす「ストレス」
脳の機能低下を引き起こす要因として、ネガティブな感情が増えた結果として、ストレスが蓄積されてしまうことが大きいです。
脳の働きを大雑把にとらえると、感情をつかさどる「扁桃体(へんとうたい)」と、理性をつかさどる「前頭葉(ぜんとうよう)」があります。
ネガティブな感情が増えると、偏桃体と前頭葉は以下のように動きます。
- ① ネガティブな感情が増加すると、まずは感情をつかさどる偏桃体が過活動になる
- ② 過活動になった偏桃体を抑制するために、元々エネルギー消費が大きい前頭葉がさらにエネルギーを使う
- ③ 結果的に、エネルギーを消費しすぎて脳が疲労してしまう
感情変化を強く感じるようなストレスによって、ただでさえエネルギー消費量の多い脳で、さらにエネルギーが使われてしまうのです。
脳を休めるにはどうすればいい?
“脳を休める”ことは、”脳の消費エネルギーを抑える”とも言い換えられます。
では、脳の消費エネルギーを減らすには、どうすればいいのでしょうか?
一概に「これをしたら脳は疲れない!」と言える万能の解決策はありませんが、できるだけ脳の消費エネルギーを抑えるために、おすすめできる方法を以下にあげます。
- ストレスの原因から離れて、なるべく自分が居心地のいい状態を保つ
- マルチタスクを避けて、ひとつの物事に集中する
- マインドフルネスや瞑想を取り入れる
- 考え事をするときは書き出す
【瞑想の経験は、デフォルトモードのネットワークの活動性と接続性の違いに関連】
「脳を休める」だけでは解決しない場合も
ストレスの蓄積により脳機能が低下している状態は、うつ病の方によく見られます。
- 思うように頭が働かない
- 同じことを何度もぐるぐると反芻してしまう
うつ病患者さんの場合、この状態は思考抑制(しこうよくせい)と呼ばれ、うつ病で生じる思考障害のひとつです。
“思考”が”抑制”されると表現されているように、思考の進みが鈍くなり、頭が働かなくなることが特徴です。
ぐるぐる思考で、建設的なことを考えられなくなっているのも思考抑制になります。
うつ病を発症している場合、日常生活に脳を休める工夫を取り入れただけでは、なかなか回復は見込めません。
うつ病は脳の機能低下が背景にあるので、しっかりと治療を行うことが回復への近道です。
長期的に心身の不調が続いている場合は、医療機関の受診をぜひご検討ください。
うつ症状は治療が必要
うつ症状が認められている場合は、「病的なエネルギーの低下」が認められている場合です。
うつ症状は脳の機能低下が認められている状態ですので、治療が必要になります。
双極性障害などの他の病気が背景に隠れていることもあるので、病歴などから総合的にみて治療を考えていきます。
休養だけでは時間がかかってしまうことが多く、早期回復のためには、適切な治療を行うことがなにより大切です。
治療の基本は「薬物療法」と「休息」
現在の日本のうつ病治療では、治療の軸となるのは薬物療法と休息です。
薬物療法では、副作用を確認しながら、自分に合った抗うつ薬の服薬を行います。
心身をしっかり休めるために、休息できる環境を整えることも忘れてはいけません。
副作用の少ない「TMS治療」
近年では、副作用の少ないTMS治療も少しずつ浸透してきています。
TMS治療とは、磁気を介して脳の一部分をピンポイントで電気刺激する治療法です。
2019年6月には日本でも保険適応となり、少しずつ認知度が高まってきています。
うつ症状が認められた場合、単極性か双極性によってもTMS治療の方針が異なりますので、臨床経験に基づいて治療計画をたてていきます。
ですからTMS治療は、臨床経験のある精神科医の下で受けることが大切です。
再発防止に「心理療法」
「認知行動療法」「対人関係療法」などの心理療法(精神療法)を治療に用いる場合もあります。
うつ病の症状によっては建設的に考えていくことはエネルギーが必要となるため、薬物療法やTMS治療で症状を安定させたうえで、再発防止を意識して心理療法を行っていきます。
お薬を用いないTMS治療について
うつ病治療で多く用いられる薬物療法ですが、「副作用が強く服薬できない」「ライフスタイルを優先させると薬を飲めない」と悩む方も多く存在します。
そのため、近年はお薬を用いないTMS治療を選択する方も増えてきました。
TMS治療は欧米では2008年から認可された治療法で、日本でも2019年に保険適応が認められていますが制約が大きく、当院のように自由診療で行っている医療機関が多いです。
脳の一部分を磁気で刺激するため、体全体への影響が少なく、副作用が起きにくいことがわかっています。
そのほかのTMS治療の特徴として、
- 再発率が低い
- 治療期間を短くもできる
などがあります。
症状によっては、TMS治療以外の方法が適している可能性もあります。
メリットも多い治療法なので、自由診療ではありますが新たな治療選択肢になります。
「脳疲労」についてのまとめ
今回は、脳が疲れる仕組みと、うつ病が引き起こす脳の機能低下と治療法について解説しました。この記事のポイントを以下にまとめます。
- 医療の世界において、脳疲労(のうひろう)という病名はない
- 「ストレスを感じる」「マルチタスクを日常的に行う」ことにより、脳の消費エネルギーが増えて脳に疲労が蓄積される
- 「自分の居心地のいい環境を保つ」「マルチタスクを減らす」「マインドフルネスや瞑想する」ことで、脳の消費エネルギーを減らせる
- 脳機能が低下している状態は、うつ病の可能性がある
- うつ病の場合は、医療機関で適切な治療を行う必要がある
- うつ病の治療は主に薬物療法と休息だが、お薬に抵抗がある場合はTMS治療も選択肢のひとつ
- TMS治療は、再発率の低さ、治療期間の短さ、副作用の少なさが特徴
「特になにもしていないのに、頭が重い」「眠ったはずなのに、体がだるい」など、自分では原因がわからない心身の不調を感じることもあるでしょう。
生活に工夫を取り入れて改善することもありますが、不調が長く続いている場合は治療が必要な可能性が高いです。
精神科や心療内科の受診数は、年々増加傾向です。
不調を感じる方が増えているとも考えられますが、心身の不調に対して「甘え」「やる気がない」などの誤った認識が減り、医療機関と繋がれる方が増えてきていると感じています。
精神科や心療内科の受診は、特別なことではありません。不調をひとりで抱え込まずに、ご相談いただいて安心いただけると嬉しいです。
TMS治療をご検討の方へ
当院では通常のお薬による治療だけでなく、薬に頼らないTMS治療を専門チーム体制で行っています。
経験豊富な精神科医がお話を伺い、あなたにとってTMS治療が適切かどうか、治療選択肢としてご説明させていただきます。
TMS治療には薬の治療と異なるメリットがあり、有効な治療法になる可能性があります。
ぜひお気軽にご相談ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年9月29日
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