認知症予防に有効?TMS治療の可能性と高齢者へのTMS治療ポイント
超高齢化社会を迎えて、認知症は身近な病気となってきました。
老いは誰も避けられず、認知機能の低下はどうしても避けられません。
認知症として病的に低下が進むと、次第に人格までもが損なわれてしまう病気です。
近年、アルツハイマー型の原因そのものにアプローチするお薬として新薬アデュカヌマブが、アメリカFDAで承認されて注目されました。
しかしながら実際の臨床効果ははっきりと示せず、物議をかもしています。
そんな中、TMS治療は認知機能に対してプラスの効果が推測されており、認知症に対する研究も少しずつすすめられています。
ここではTMS治療の認知機能への影響についてみていき、認知症予防としての可能性を考えていきたいと思います。
目次
軽度認知機能障害(MCI)とは?
60歳以上の方が生涯に認知症を発症する確率は55%。2018年では高齢者の7人に1人が認知症。
そのような数字が、久山町研究で推定されています。福岡市に隣接する久山町は年齢構成が日本全国平均に非常に似ており、全住民を対象とした研究によって高齢化社会の実情を知ることができます。
認知症、とくにアルツハイマー型認知症の有病率は、時代とともに増加していることが報告されています。
日常生活は何とかなっている認知機能低下
認知症までは進行していないけれども、正常と認知症の中間のような状態を、軽度認知機能障害(MCI)といいます。
物忘れは明らかであるけれども、日常生活は何とかなっている状態になります。
65歳以上の高齢者では、このMCIは15~25%と考えられています。
そして年間で5~15%が認知症に移行するといわれており、正常な方が1~2%であることと比較すると認知症に移行しやすい状態といえます。
その一方で正常に戻る方も少なくなく、16~41%ともいわれていて、誤診も含まれているのかもしれませんが、正常に戻る可能性も多くあります。
このようなMCIには様々な病態が含まれていますが、認知症治療薬の効果は乏しいと考えられています。
【MCI患者のドネペジル治療:48週のランダム化比較試験】
認知機能を保つためには
それでは軽度認知機能障害の方は、どのようにすれば認知機能を保つことができるのでしょうか。
アリセプトやメマリーといった認知症治療薬は、MCIの患者さんにとっては効果は期待しづらく、むしろ副作用による胃腸障害が増えるため不利益にもなるという報告がなされており、早期に認知症治療薬を使うことは推奨されていません。
【MCI患者での認知促進薬の効果と安全性:システマティックレビューとメタアナリシス】
その他にもサプリメントとして、イチョウ葉エキスやビタミンE、NSAIDsやエストロゲンが認知症予防につながるか検証中となっていますが、効果は実証できていません。
認知機能を保っていくための方法は十分に検討できていませんが、以下の3つの方法が有効と考えられています。
- 余暇活動
- 認知リハビリテーション・認知機能訓練と運動
- 生活習慣病のリスク因子のコントロール
余暇活動(生活に必要な活動以外)を増やすことが認知症発症リスクを低下させることが報告されていて、デイケアや趣味の会などで、社会性を保つことは大切です。
認知リハビリテーションや認知機能訓練は、効果があるという報告とないという報告が一定しませんが、運動と組み合わせると良いと報告されています。運動しながら頭を使うということは効果が期待でき、国立長寿医療センターでコグニサイズというプログラムが開発されています。
歩行スピードや握力の低下が認知機能低下と関連しているとも報告されていて、運動自体も効果が期待できます。
運動によって認知機能低下が抑制されるだけでなく、発症したアルツハイマー型認知症の認知機能改善にも有効と報告されています。
そして高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病、喫煙などは認知機能を悪化させることが分かっていますので、早くからコントロールしていくことが大切といわれています。
うつ病は認知症リスクを2倍にする
認知症では、その前触れの症状は様々な形で認められます。
そのうちの一つとして、うつ症状がみられることもあります。
その一方でうつ病であれば、オッズ比で1.90~2.03で認知症になりやすいことが報告されています。
【うつ病とアルツハイマー病のリスク:システマティックレビュー、メタアナリシス、メタ回帰分析】
うつ症状が認められていた場合、認知機能低下を防ぐ面でも、しっかりと治療したほうが良いと言えます。
新薬アデュカヌマブと治験中のレカネマブ
アルツハイマー病の原因の一つと考えられているアミロイドβ。
これに対するモノクローナル抗体であるアデュカヌマブが、新薬として2021年6月にアメリカFDAの認可をうけました。
こちらのお薬は、確かにアミロイドβを減少させる効果は確認されましたが、認知機能自体に対する効果は不十分なエビデンスとなっていました。
FDAの諮問委員会にて専門家が否決していたものを覆して認可された経緯があり、非常に高額な治療薬であることもうけて、過度なロビー活動があったのではと物議をかもしています。
頭痛やめまい、吐き気といった副作用も報告されていて、そもそもアミロイドβが認知症の原因となっているのかも揺らぐ論争となりました。
その中で開発されていた抗アミロイドβ(Aβ)プロトフィブリル抗体のレカネマブが、グローバル第3層試験で18か月後の臨床症状の全体的な改善が示されました。
早期認知機能障害(MCI)と軽度アルツハイマー型認知症(AD)に対する根本治療の可能性を秘めた新薬として、発売が期待されています。
TMS治療の認知機能改善の期待
私たちの脳では、無数の神経細胞が電気的な活動をしています。
その活動を脳の表面から測定して合算したものが脳波なりますが、様々な周波数リズムでの振動現象が認められます。
TMS治療では、磁気の力を利用してピンポイントで脳皮質に電気刺激を加えています。
私たちの作動記憶や実行機能に関係すると考えられている前頭前野に対してTMS治療を行うと、神経の柔軟さが引き起こされて、抗うつ効果が発揮されると考えられています。
ですから認知機能についても、原理的には効果が期待されています。
シーターバースト刺激法は期待大
さらにはiTBSとよばれるシーターバースト刺激法では、従来のrTMSよりも認知機能を高める可能性が考えられています。
海馬では、シータ波とガンマ波という2つの異なる周波数の脳波がカップリング(関連して活動)していることが、学習や記憶といった認知機能に関係しており、長期記憶形成にも関係していると考えられています。
iTBSは、このリズムと同じ刺激を外から加えることで、脳の認知プロセスでの自然なパターンに近づけることで、より認知機能を高める効果が期待できるのではと考えられています。
そのほかのターゲットも研究中
認知機能のネットワークに関係していいるDLPFCだけでなく、それ以外の刺激部位の研究もすすめられています。
デフォルトモードネットワークに重要な楔前部をターゲットに20HZの高頻度rTMSを行ったところ、24週後の認知機能の悪化を防げてγ波の増強が認められたとする結果が認められました。
【アルツハイマー病に対する楔前部TMS:ランダム化比較試験】
それ以外にも、認知症で委縮が認められる側頭葉の上側頭回(STG)の高頻度rTMS、ブローカー野やウエルニッケ野といった言語中枢に対する高頻度rTMS、両側小脳の5HZrTMS、両側角回や頭頂海馬といった頭頂葉をターゲットにして治療効果の報告がなされています。
【アルツハイマー病におけるTMS:プロトコル特徴と個別化の程度の度合いによる有効性のメタアナリシス】
【アルツハイマー病患者の認知機能回復に対する小脳刺激の効果:ランダム化臨床試験】
認知機能関連のTMSのエビデンス
こちらの論文によれば、認知症に対するTMS治療の効果が期待されるかもしれないことが示されています。
論文について詳しくは、【MCIとアルツハイマー型認知症でのrTMSの認知増強効果についてのシステマティックレビューとメタアナリシス】をご覧ください。
認知症についてのTMS治療の効果は、まだ十分な症例が検証されていないので確たる効果はわかっていません。
しかしながら認知機能には、良い方向に影響することが期待されています。
左DLPFCに対する20Hz高頻度rTMSで、アルツハイマー型認知症患者での血清アミロイドβレベルを低下させ、神経可塑性に関係するニューロトロフィ受容体を活性化させる可能性があると報告もあります。
【rTMSによるアルツハイマー病患者の血清アミロイドβの減少とp75ニューロトロフィン受容体の外部ドメインの増加】
その他の論文
アルツハイマー型認知症に対するランダム比較試験のみを網羅的に解析したところ、20HzでのrTMSが10Hzや1Hzよりも効果的で、高学歴で軽症であるほど効果が高く、10セッション以上で複数箇所でTMS治療を受けた場合に認知機能の強化が確認されました。
【アルツハイマー病での認知機能障害に対するrTMS:RCTのメタアナリシス】
認知トレーニングだけでなく、TMS治療を同時に行うことでも効果がより高まることが示されています。またその効果は、12週間持続していました。
【アルツハイマー病での認知トレーニング効果の増強:アドオン治療としてのrTMS】
2021年に発表されたメタアナリシスでも、DLPFCに対する10Hzでの20セッションでのrTMSが認知増強をもたらすことができ、とくにMCIでのベネフィットが大きいことが示されました。
【MCIと早期アルツハイマー病患者でのrTMSの認知増強:システマティックレビューとメタアナリシス】
MCIでは、高頻度刺激で複数部位を長期間(10回以上)rTMSを行うことで認知機能を改善できると報告されています。
【MCIにおけるrTMSの効果:ランダム化比較試験のメタアナリシス】
またTBSを1日に複数回行うaTBSを左DLPFCに行っても、特にMMSEが高い早期の方で効果が認められたと報告されています。
【aTBSは、アルツハイマー病の症状と認知機能を幅広く改善する:
ランダム化比較試験】
睡眠障害のあるアルツハイマー型認知症の方70名をランダムに実刺激群と偽刺激群にわけて4週間の刺激を行い、さらに4週間おいて効果が持続しているか調べたところ、睡眠改善の持続が優位に認められました。
【アルツハイマー病の睡眠障害に対するTMS:二重盲検ランダム化比較パイロット試験】
健康な人の認知機能も改善する?
健康な成人60名に対して、ランダムに20Hz高頻度rTMS(1800発)、iTBS(600発)、シャム刺激(偽刺激)を実施しました。
iTBSでは20Hz高頻度rTMSよりも効果が認められ、その効果量0.85となりました。
【加速型磁気刺激法での認知促進の改善】
このように健康な人への認知機能改善効果も期待され、iTBSの方がより効果が期待できる可能性があります。
ただ認知機能が十分である若い人にとっては、天井効果のようなこともあり、「頭が良くなる」といった実感は期待しにくいかと思われます。
睡眠不足に対する認知機能低下にも、高頻度rTMSが生理学的にプラスの影響があり、長期的な認知機能に良い影響があるかもしれないという報告もあります。
【睡眠不足による認知障害に対するrTMSの効果:ランダム化試験】
また健康な成人の頭頂葉にiTBSを行うとワーキングメモリーが改善する可能性があるという報告もあります。
【頭頂葉への間欠的なシータバースト刺激は、ワーキングメモリに有意な神経効果をもたらす】
認知症でのエビデンスは不十分
このようにみていくと、TMS治療が認知症に効果的にみえるかもしれません。
確かに認知機能へのプラスの影響は期待されていますが、まだ実証はされておらず、治療選択肢としてはまだ認められていません。
認知症に本当にTMSの効果があるのであれば非常に画期的ですが、まだその段階にはありません。
現時点でいえることは、TMS治療は認知機能に悪影響はなく、良い影響がある可能性が高いといった程度になります。
過度に期待しすぎないように、ご注意ください。
高齢者へのTMS治療のポイント
高齢者にTMS治療を行っていくにあたっては、若い人との違いを意識した治療ポイントがあります。
- 治療効果は若い人より遅い
- 治療効果が若い人より乏しい
- 120%rMTまで強度を上げたほうが良い
TMS治療効果が認められてくるまでに、一般的には10~20回で確認できることが多いです。
しかしながら高齢者では、時には30回終了してしばらくしてから効果を感じる方もいらっしゃいます。
神経可塑性(刺激されることで神経が発達して結びつきやすくなること)がTMS治療の効果につながると考えられていますが、老化につれて神経可塑性が衰えていくと思われます。
このため、TMS治療の効果が発揮されるまで時間がかかることが多く、30回を一つの効果判定の目途に治療を行っていきます。
また脳は老化とともに少しずつ萎縮していき、頭皮と脳の皮質の距離は増加していきます。
このためTMSの刺激が入りにくくなってしまい、治療効果が若い人よりは低いといわれています。
このため、刺激強度はなるべくrMTの120%まで上げていき、少しでも刺激範囲を広げて治療したほうが良いです。
【高齢者のTMS】
一方で刺激強度を上げると安全性が心配になるかと思いますが、acceleratedTMSという1日に複数回の治療でも、軽度の頭痛で10%程度が治療中断となったという報告で、お薬に比べても安全性は高い治療法になります。
【うつ病の高齢患者に対する補助的なaTMS:システマティックレビュー】
当院のTMS治療
TMS治療は、うつ症状+認知機能低下では有効な治療選択肢となります。
認知症そのものだけをターゲットに行う段階ではありませんが、うつ症状を伴っている場合は、非常に有効な治療方法となります。
うつ病は認知症リスクを2倍高めてしまうので、認知機能低下を防ぐ意味でもうつ症状の改善は大切です。
薬によっては認知機能低下につながるものもありますが、TMS治療は認知機能への副作用は認められず、むしろ改善が期待できます。
このためうつ症状を伴う認知機能低下が認められる場合は、TMS治療の効果が期待できます。
rTMSによる治療では、大きく2つの方法が取られます。
- 左背外側前頭前野への高頻度刺激
- 右背外側前頭前野への低頻度刺激
まずは左側の背外側前頭前野に高頻度の磁気刺激を与える方法を検討していきます。
不安や焦燥感などが強い場合は、右低頻度刺激も検討していきます。
当院でのTMS治療費
治療費も含めて考えますと、まずは左高頻度刺激を検討していくことが多く、治療経過を見ながら刺激方法を相談していきます。
当院の治療費については、機械の使用時間をもとに設定しております。
- 左高頻度刺激:10分枠 6,930円(税込)※継続 5,280円~
- 右低頻度刺激:20分枠 13,200円(税込)※継続 9,900円~
- 右低頻度刺激:30分枠 15,840円(税込)※継続 12,320円~
治療費について詳しくは、TMS治療費のページをご覧ください。
TMS治療をご検討の方へ
当院では、薬に頼らないTMS治療を行うことができます。
経験豊富な精神科医がお話を伺い、治療選択肢としてTMS治療が適切かどうかをご説明させていただきます。
認知機能低下などの副作用がないTMS治療は、高齢者のうつ症状に対して有効な治療法になる可能性があります。
また、高齢者で意識すべきTMS治療のポイントもあり、当院では患者様ごとに最適な方法を探っていきます。
TMS治療に興味頂けた方は、ぜひお気軽にご相談ください。
【お読みいただいた方へ】
医療法人社団こころみは、東京・神奈川でクリニックを運営しています。
「家族や友達を紹介できる医療」を大切にし、各クリニックでコンセプトをもち、社会課題の解決を意識した事業展開をしています。
医療職はもちろんのこと、法人運営スタッフ(総合職)も随時募集しています。
また、当法人ではTMS診療の立ち上げ支援を行っており、参画医療機関には医療機器を協賛価格でご紹介が可能です。
ご興味ある医療者の見学を随時受け付けておりますので、気軽にお声かけください。
取材や記事転載のご依頼は、最下部にあります問い合わせフォームよりお願いします。
執筆者紹介
大澤 亮太
医療法人社団こころみ理事長/株式会社こころみらい代表医師
日本精神神経学会
精神保健指定医/日本医師会認定産業医/日本医師会認定健康スポーツ医/認知症サポート医/コンサータ登録医/日本精神神経学会rTMS実施者講習会修了
カテゴリー:こころみ医学 投稿日:2021年6月28日
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